2004年3月25日木曜日

10(161) 川のなんでも小事典: 2004.03.25

土木学会関西支部編「川のなんでも小事典」
(ISBN4-06-257204-4 C0244)
を読んだ。
前半の川の自然地理と流水のメカニズムについては
興味深かった。
それ以外は、間違いや古い説があったり、
工学的で興味がなかったりで流し読みをした。
しかし、前半は面白く読んだ。

2004年3月20日土曜日

9(160) それがぼくには楽しかったから: 2004.03.20

リーナル・バルズ デイビッド・ダイヤモンド著
「それがぼくには楽しかったから」
(ISBN4-7968-8001-1 C0098)
を読んだ。
Linuxの開発者の本である。
軽い調子ではあるか、
彼がLinuxを開発していった経緯、
オープンソースとなった経緯、
そしてそのポリシーなどがわかりやすく書かれている。
しかし、やはりこのように砕けた調子で書かれている本は
読みにくい。
しかし、最後だけはしっかりと主張している。
それは現在のポジションと関係があるのだろうか。

8(159) フェルマーの最終定理: 2004.03.20

富永裕久著「図解雑学 フェルマーの最終定理」
(ISBN4-816326979 C0041)
を読んだ。
なかなかわかりやすかった。
最終定理にいたる流れがよくわかった。
しかし以前読んだアクセルの著書のように、
証明自体を詳しく示しているわけではない。
多分、非常に難しい内容であるため、
理解できる人も少なく、
説明することも難しいのかもしれない。
概要を知るには役に立つ本であった。

2004年2月12日木曜日

7(158) 「原因」と「結果」の法則2 2004.02.12

ジェームズ・アレン著「「原因」と「結果」の法則2」
(ISBN4-7631-9555-7 C0030)
を途中まで読んで、
読むのをあきらめた。
美辞麗句はもういらない。
今の私には、これは既知のことである。
あとは、それをどう実践するかにかかっている。
だから、この本を読む気になかなかならなかった。
でも、書かれていることには共感できる。

2004年2月9日月曜日

6(157) エネルギー: 2004.02.09

小島紀徳著「エネルギー」
(ISBN4-535-04825-8 C3340)
を読んだ。
正確なエネルギー残量を計算したものを見た。
しかし、二酸化炭素と温暖化を
疑問なく結びつける態度が、問題だ。
特に、このシリーズの最初で、
因果がはっきりしないということを示しているのに、
研究者としては、良くない態度である。
技術者というべきなのかもしれない。

2004年2月8日日曜日

5(156) 「原因」と「結果」の法則: 2004.02.08

ジェームス・アレン著「「原因」と「結果」の法則」
(ISBN4-7631-9509-3 C0030)
を読んだ。
このような内容の本を
成功哲学の書というのだそうだ。
ある学生が、先生のいっていることは、
この本の内容と似ている、といわれた。
それは、一種の褒め言葉であったのだろう。
読んでみたが、なかなか頭がこの本のほうへ向かない。
集中できないのだ。
これは、何度もくり返し読んでこそ、
味わいがわくのかもしれない。

2004年2月6日金曜日

4(155) メアリー・アニングの冒険: 2004.02.06

吉川惣司・矢島道子著「メアリー・アニングの冒険」
(ISBN4-02-259839-5 C0323)
を読んだ。
なかなか面白かった。
恐竜化石の発掘で生計をだてていた
女性が、博物学に果たした役割を
限られた資料から想像力豊かに再現している。
そこに、グールドがでてきて興味を引かれた。

2004年2月1日日曜日

3(154) 地底から宇宙を探る: 2004.02.01

戸塚洋二著「地底から宇宙を探る」
(ISBN4-00-006523-8 C0342)
を読んだ。
1995年の本だから、
最新のスーパーカミオカンデの製作途中である。
だから、カミオカンデの話が中心となっている。
しかし、科学技術の話は、進めば陳腐化していく。
はかなさを感じてしまう。
その点、心や本質の問題を論じるものは、
陳腐化しない。
重要性は変わらない。
そんなことを目指すべきであろう。
最新の科学の紹介は、
所詮読み捨てのものとなりかねない。
そんな中から読みとるべき
大切なことを求めなければならないのであろう。
この本を面白く読んだが、
反面冷めた心も生まれた。

2(153) ゲーデルの謎を解く: 2004.02.01

林晋著「ゲーデルの謎を解く」
(ISBN4-00-006506-8 C0341)
を読んだ。
ゲーデルの入門としていい本である。
以前読んだ、入門書よりわかりやすく書いてある。
こちらも続けて読んだ方が
わり良かったかもしれない。
自己否定から生まれる不完全性。
全体からすると自己とは小さいかもしれないが、
論理体系からすると、
多数でも一律に処理できる多数は
それほど問題ではなくなる。
問題は、一律に処理できない少数である。
そこに例外だけでなく、本質的破綻、
あるいは新たな発明や改革の芽があるかもしれない。
注目すべきは、自己という不思議な存在である。

2004年1月17日土曜日

1(152) 地球温暖化: 2004.01.17

伊藤公紀著「地球温暖化」
(ISBN4-535-04821-5)
を読んだ。
温暖化に対する不確かさを
はっきりと示してくれているいい本であった。
温暖化に対する私の疑問に対する
多くのヒントが書かれていた。
私もこれを基礎的参考書として、
地球温暖化に対して勉強していこうと思った。

2003年12月27日土曜日

72(151) 理系白書: 2003.12.27

毎日新聞科学環境部著「理系白書」
(ISBN4-06-211711-8 C0040)
を読んだ。

理系のおかれている現状が紹介されていた。
新聞に連載されていたものだから
ひとつひとつのインタビューや取材が
あまりにも短く、内容が上っ面だけのような気がした。
本として考えてた場合、
もう少し精選して、深い取材内容で構成してほしかった。
でも、理系の現状と問題点の概要を知るには
役に立った。

2003年12月25日木曜日

71(150) 死都日本: 2003.12.26

石黒耀著「死都日本」
(ISBN4-06-211366-X C0093)
を読んだ。

以前に知り合いの地質学者から
面白い本であるという紹介をされたものだ。
最近入手して呼んだ。
考えたら、久しぶりに仕事の関係のない
小説を読んだ気がする。
火山の描写が面白く、
私の日本再生と似たいような方向性を持っているので
非常に面白く読んだ。
私は、火山は専門としていなかったので、
いろいろ知らないことも書かれていて勉強になった。
やはり自然現象でもここまで破局的なものであると、
学術的に細かく書き込んであっても面白く読める。
しかし、破局的噴火のあとの
各種の震災や富士の噴火など、
「火山の冬」の話の前でこの本は終わっている。
そこが知りたいところでもあるが、
そこの話はまだ、研究者間でも
結論が出ていないところでもある。
だから、書きにくく、ますますSFっぽくなるのかもしれない。
でも、ぎゃくにいうとSFだから書けるところでもある。
もし、可能なら続編を読んでみたいものだ。
しかし、これ以降は火山の知識だけでなく、
防災、災害だけでなく、
広く地質学の素養が必要となるであろう。

2003年12月21日日曜日

69(148) パソコン悠悠漢字術2002: 2003.12.21

文字鏡研究会編「パソコン悠悠漢字術2002」
(ISBN4-314-10249-0 C2055)
を読んだ。

以前にもこの文系のパソコン利用本があった。
そのときは、このような漢字のプロジェクトの紹介だけであったが、
いまやCD-ROMとして11万字という大量の漢字が付属している。
それが既存のパソコンのシステムで利用できるようになっているのである。
新しい漢字も随時更新されているという。
すばらしいことである。
これは、漢字文化圏の文化を新しいテクノロジーで利用したものである。
西洋の人たちにはなかなかできない発想であろう。
しかし、このような異文化の人たちが
自分たちの文化を表現するための努力、
これが既存の技術を大発展させていくのである。

68(147) 哲学ってなんだ: 2003.12.21

竹田青嗣著「哲学ってなんだ」
(ISBN4-00-500415-6 C0210)
を読んだ。

前半は面白かった。
しかし、竹田氏が専門としている現象学になると、
とたんに面白くなくなる。
あるいは、近代のヘーゲル以降の話になると面白くなくなる。
これは、なぜなのだろう。
これは彼のせいではなく、
内容が私の興味とは違うからなのだろうか。
それとも近代の哲学が現実の人間の思うことと遊離しているのではないか。
それとも意識が高度になったせいか。
それとも近代人が馬鹿になってきたか。
それとも私がこれを読む能力がないか。
判断できない。
でも、古代や近世の哲学は、解説されるとよくわかる。
なのに、いくら解説されても、わかりにくいし、
まして面白くない。
なぜなのだろう。
いつもここに疑問がたどり着く。

67(146) 日本の名河川を歩く: 2003.12.21

天野礼子著「日本の名河川を歩く」
(ISBN4-06-272204-6 C0276)
を読んだ。

私が興味をもっている河川ではあるが、
はやり釣りをする人とは、興味が違う。
自然の中で遊ぶという点では理解できるものがある。
しかし、その人数が多くなるにつれて、
そこには営利が生じる。
既得権、商売、集客。
すると、それに反対する自称自然派の釣り師が怒る。
しかし、彼らがその釣りのすばらしさを宣伝したために、
釣り人口が増えたため、荒廃が味待ったのではないか。
などとどうもいろいろ思いは巡る。
だから、この本は最後まで読めなかった。

66(145) 宇宙人としての生き方: 2003.12.21

松井孝典著「宇宙人としての生き方」
(ISBN4-00-430839-9 C0244)
を読んだ。

驚いた。
私が考えていたことがたくさん含まれていた。
私のメールマガジンやホームページを読んだのかと思うほど、
似ている内容もあった。
これは、今の時代がこのような考え方を求めているかのかも知れない。
だから、識者はこのようなことを考えるのであろう。
もちろん私とは違うことも盛り込まれている。
それにこの内容はNHKの人間講座で放送された後、
本としてかかれたものである。

65(144) ダーウィンとアフォーダンス: 2003.12.21

佐々木正人著「ダーウィンとアフォーダンス」
(ISBN4-06-149335-3 C0211)
を読んだ。

ゼミ学生がアフォーダンスに興味をもっている。
それに関連して昔途中まで読んであきらめたこの本を思い出した。
そして読み直した。
やはりよくわからない。
あげられている例は面白い。
そしてダーウィンも面白かった。
そしてダーウィンが考えた知能というものの
実証法、観察のすごさを知らされた。
時代がダーウィンの進化論生んだのでなく、
やはりダーウィンだから進化論が生まれたのだ。
この本の趣旨とは違うが、
そんなことを感じだ。

64(143) 現場主義の知的生産法: 2003.12.21

関満博著「現場主義の知的生産法」
(ISBN4-480-05940-7 C0234)
を読んだ。

面白かった。
フィールドワークをしている社会学者がどう思っているか知りたい。
そして、著者のような生産量をできればいいと考えた。
しかし、私は同じフィールドワークでもあては地質という自然だ。
そこに詣でることは、必要だ。
そして、親しくすることで、よりよく知ることになる。
そんなことを私もしたい。
いい本であった。

63(142) 時間論: 2003.12.21

二間瀬敏史著「図解雑学 時間論」
(ISBN4-8163-3055-0 C0042)
を読んだ。
私が知りたい哲学的な部分ではなく、
物理的時間につていの解説書であった。
しかし、物理的側面も
このように時間に関してまとめて読んでみると
面白く感じた。
そしてエントロピーへの議論へと進んでいく。
物理の抽象的時間論、
あるいは歴史的時間論はかならずエントロピーへといく。
そこになにな当たり前すぎて面白みにかける気がする。

2003年11月13日木曜日

62(141) 全地球凍結: 2003.11.13

川上紳一著「全地球凍結」
(ISBN4-08-720209-7 C0244)
をよんだ。
良い本である。
新しい地球科学のモデルが生まれる臨場感がある。
ホフマン氏がいかにそのモデルを
つくりあげていったか。
そのモデルに他の研究者はどのように対処したか。
そして日本のグループは
どのような貢献をしたか。
そのあたりの研究の背景がよくわかった。
私は、川上氏を知っている。
川上氏は大量の文献を集めて、
そこから重要な点を要約するという能力に長けている。
それをいろいろな分野で行ってきた。
最近は縞々学を中心にして
生命と地球、そして現在の中心課題である
全休凍結へ関心が進んでいる。
成果もそれなりに上がられている。
リーダーとして優れている。
しかし、私は、この本を読んで、
反面教師をそこに見た。
私が得た重要な教訓は、
自分でデータを出すこと。
そして自分の考えを打ち出すこと。
つまりゼロからスタートして、
自分流のものを作り上げること。
これこそが科学の醍醐味であろう。
これをしないとどんなに成果を出したとしても、
その面白さ、満足感は、
自分流の満足感とは比べ物にならないだろう。
科学は結果である。
しかし、人間は心である。
心が満足できないものに邁進する気は起きない。
だから、私は、自分の今のやり方は
間違っていないと思えた。
そんなことを強く感じさせてくれた本である。