2007年3月18日日曜日

15(301)藤の木山砦の三銃士: 2007.03.18

塩野米松著「藤の木山砦の三銃士」
(SIBN4-09-366352-1 C0093)
を読んだ。
団塊世代の東北地方で少年時代をすごした著者である。
そのころの様子が現れている。
イラストもなかなかいい。
しかしどのとなく寂しさがある。
なぜだろう。
最後には、学校が忙しくなり、
子供たちに地域で年齢を越えて遊ぶ余裕が
なくなって行く話である。
モノは豊かでなかったが、
時間がいっぱいあり、遊ぶことが
子供の仕事だった時代の話である。

2007年3月17日土曜日

14(300)見えない敵: 2007.03.17

安部夏丸著「見えない敵」
(ISBN4-89309-152-2 C0093)
を読んだ。
一昔前の田園地帯の子供たちが
集まって自然の中で遊んでいた時代の話である。
私からすると懐かしい少年時代の話のような気がする。
しかし思い返せば、自分が年齢を越えて
近所の子供同志で遊んでいたのは、
低学年くらいで、高学年になると、
同級生と遊ぶことが多くなった気がする。
だから、私よりもう少し前の団塊の世代が
この本の少年時代を経験していたのではないだろうか。
しかし作者は私と似たような世代である。
だから、地域によっては、
このような少年時代を過ごせた人もいたのであろう。

2007年3月11日日曜日

13(299) レッツゴー!川中WOW部: 2007.03.11

安部夏丸著「レッツゴー!川中WOW部」
(ISBN4-06-148734-5 C8293)
を読んだ。
現在私は子供向けの本を書いている。
その参考のために、典型的な子供の本を読んでみた。
一気によめて、なかなか面白い。
そしてどこか考えさせられるところ、
何かを学ぶところが必要だ。
子供向けの本は、これでなければならない。
いい参考となった。
彼の別の本も読み出した。

12(298) Google誕生: 2007.03.11

デビッド・ヴァイス、マーク・マルシード著「Google誕生」
(ISBN4-87257-644-6 C0034)
を読んだ。
私も毎日いっていいほど使っているGoogleの歴史を
2名の大学院生の創設者を中心とした
ノンフィクションである。
私は現在Goolgeを検索だけでなく、
検索を中心とした、URLのノートや
GoogleEarthなどを使っている。
他にもG-mailやFirefoxなども使ってみようか迷ったが
現状を変更するとトラブルがあるといやなのでやめた。
しかし、それがどのような思想でつくられ、
なぜ無料なのかがわかった。
無料なのに、ユーザーはお金を払わないのに
なぜ、成長する企業になっているのかもわかった。
そしてそこには共感するものがあった。

2007年3月3日土曜日

11(297) 「超」手帳法: 2007.03.03

野口悠紀雄著「「超」手帳法」
(ISBN4-06-213578-7 C0036)
を読んだ。
私も新しい手帳システムに移行したので、
他の人がどのようなことを書いているかを
知るためにこの本を読んだ。
以前も書かれていたことが
手帳だけについてまとめられたものだ。
内容はいろいろ変化している。
それでいいのだ。
デジカメの使い方を書かれていたが、
メモ代わりにするのはいいとおもっていた。
しかし、画像をデジタルの活字にするのが
一番面倒なのだ。
汚い字、複雑な表も、デジタルにしてくれる
賢いOCRのソフトはないのだろうか。
少なくともOCRのソフトは、手書き文字に対しては、
非常に認識率は悪い。
私の走り書きに関しては、
キュー入力をしたほうが早いほどである。
そうなればデジタルカメラの利用法は
ますます多くなるのだが。

2007年2月17日土曜日

10(296) メタルカラーの時代6 しぶといモノ作り: 2007.02.17

山根一眞著「メタルカラーの時代6 しぶといモノ作り」
(ISBN4-09-379426-X C0095)
を読んだ。
2段組600ページほどの本だが、
朝の時間しか読まなかったが
かなり早いペースで読んだ。
いろいろな技術者や科学者が登場してきた。
なかなか面白いものであった。
山根氏のライフワークとして
なかなか面白いものである。
私のライフワークも自分も面白く、
そして他の人も面白いと思えるものが
あることはすばらしいと思う。

2007年2月10日土曜日

9(295) 『親力』で決まる!: 2007.02.10

親野智可等著「『親力』で決まる!」
(ISBN4-7966-286-2 C0037)
を読んだ。
メールマガジンで有名になったものが書籍化されたものだ。
現役小学校教師が親が
家庭でどのような教育をするかを書いたものだ。
なかなかおもしろかったが、
実現できることとできないことがある。
しかし、著者の主張する心構えは理解できた。

2007年2月9日金曜日

75(360) ブルバキとグロタンディーク:2007.12.09

アミール・D・アクゼル著「ブルバキとグロタンディーク」
(ISBN4-8222-8332-2 C0041)
を読んだ。
アクゼルの本を久しぶりに読んだ。
数学者集団ブルバキと
一時はそこに所属しながら独自路線を歩み
フィールズ賞を与えられながら辞退した。
後に政治運動にかかわったが失望した。
その後、世の中に嫌気がさし
山奥に隠れてしまい、
未だに行方をくらましている。
非常に不思議な人生を送っている人についての
ノンフィクションである。

2007年1月27日土曜日

8(294) 世界一おいしい火山の本: 2007.01.27

林信太郎著「世界一おいしい火山の本」
(ISBN4-338-18608-9C8344)
を読んだ。
林氏は同級生である。
彼のこの本は彼の性格が出ている文章と
着眼が面白い本である。
でも、子供向けに「おいしい」本ではなく、
「よくわかる」そして「おもしろい」火山の本を
書いてほしいものだ。
彼ならきっといい本がかけると思う。
期待したいものだ。

7(293) 宇宙で地球はたった一つの存在か: 2007.01.27

松井孝典編著「宇宙で地球はたった一つの存在か」
(ISBN4-900594-87-3 C0344)
を読んだ。
松井氏が半分以上の分量を書いている。
しかし、内容としては
私が以前言っていたことと重複している。
まるで私が公表している内容を
そのまま利用したようなものである。
これは松井氏の以前の著作でも感じたことであるが、
彼の方が有名なので騒いでもしょうがないことだ。
私はより進んだ内容を考えていくまでのことだ。
本の中では長沼毅氏の内容が面白かった。
彼は、生物の根源について考えている。

2007年1月14日日曜日

6(292) 天の瞳 あすなろ編II: 2007.01.14

灰谷健次郎著「天の瞳 あすなろ編II」
(ISBN4-040873512-8)
を読んだ。
とうとう最後の巻となった。
著者が昨年暮れに亡くなったので、
この続きをもう読むことはできない。
この巻の終わり方からすると、
著者はもっと続きを書くつもりであったはずだ。
主人公はまだ中学生で、
ここ数巻で大きなテーマとなったいものだ、
まったく解決していいない。
そして、この巻で生じた問題も解決していた。
読者としては、非常に欲求不満となる。
もしかすると、著者は続きを書いていたかもしれないが、
その存在は発行されない限り読者は知りようがない。
この本はいたるところ中途半端な状態なので、
完結の形で評価したかった。

2007年1月13日土曜日

5(291) 日本恐竜探検隊: 2007.01.13

真鍋真・小林快次編著「日本恐竜探検隊」
(ISBN4-00-500485-7 C0240)
を読んだ。
日本で多数の恐竜化石が見つかっていることは、
知っていたが、どのような種類のものが発見されいて、
どのような研究者が関与しているかが良く知らなかった。
しかし、このジュニア向けの本を読んで、
日本の恐竜研究の概要を知ることができた。
しかし、研究者が書いた文章なので、
ジュニア向けなのに
論文調の書き方をしているものが多い。
それが残念であった。
編者はあま表現内容を統一しなったようだ。
それが残念である。

2007年1月8日月曜日

4(290) クマムシ?!: 2007.01.08

鈴木忠著「クマムシ?!」
(ISBN4-00-007462-8 C0345)
を読んだ。
驚異的な生命力を持つクマムシの話だ。
しかし、私たちが聞いているクマムシの不死身説は、
一部は本当であるが、多くは尾ひれのついた
噂話が多いようだ。
面白いことにクマムシの研究者は少なく、
研究史もあまりなかったようだ、
現在では研究者もでてきたようだ。
クマムシは樽状になって休眠するが、
生きているが代謝をしない状態になって、
悪い環境を生き延びる。
その状態のことをクリプトビオシスと呼ぶ。
「潜伏生命」や「隠蔽生活」などと訳されているらしいが、
正式訳はないようだ。
鈴木氏も私より少し若いが、
今までの研究テーマを変更して、
40歳のときにクマムシの研究に入ったようだ。
それまでいくつ研究テーマを変えてきたようだ。
なかなか共感を覚える姿勢である。

2007年1月6日土曜日

3(289) 天の瞳 あすなろ編I: 2007.01.06

灰谷健次郎著「天の瞳 あすなろ編I」
(ISBN4-04-873379-6 C0093)
を読んだ。
ストーリ自体はなかなか進まないが、
いろいろ重要で面白い話題が書かれている。
後一冊で手元の本は終了するが、
今後どのような成長をするかは楽しみであるが、
著者が昨年く暮れに亡くなったので
これ以上の続きは期待できない。
ライフワークと銘を打っているが、
ライフワークともいうべき内容の本が、
途中で終わってしまうのは、
興味を持って読んで読者には欲求不満になる。
それが一番の問題だ。
この本で教師と生徒の正常な関係を
テーマとしているのだが、
著者と読者の関係に読みかえると、
著者が死んでしまうことは、
著者にとって読者への一番の裏切りかもしれない。
いいたいのは、私は、この物語を
それほど読みたいということである。

2007年1月4日木曜日

2(288) 天の瞳 成長編II: 2007.01.04

灰谷健次郎著「天の瞳 成長編II」
(ISBN4-04-873286-2 C0093)
を読んだ。
学校の窓ガラス破壊事件、暴力事件など
良く聞くものを題材にして、
生徒、学校、親が一般的な対処と、
理想的な対処を問う内容である。
考えることと議論すること、
言うことと実行すること、
暴力と非暴力、
武術と暴力、
理想と現実。
そして当たり前ということを実現するのが、
いかに大変か、そして努力を要するのかが
書かれている。
そして、その当たり前を当たり前と感じられる力が
必要である。

2007年1月2日火曜日

1(287) 天の瞳 成長編I: 2007.01.02

灰谷健次郎著「天の瞳 成長編I」
(ISBN4-04-873204-8 C0093)
を読んだ。
成長する主人公と不良と呼ばれる子供たちの抗争。
それに対して事なかれで対応する学校教師。
そんな学校にあっても子供たちのことを考えている教師。
学校のふがいなさに憤る親。
理想の教育、理想の学校はそれぞれ違うだろうが、
現実に子供たちに問題が起こっているとき、
どう対処するかが早急の問題だが、
その姿勢が思わぬ対立を生む。
しかし、子供を教育するところが学校であるのだから、
視点は子供に置かなければならない。
そんな簡単なことができない大人がいると
問題がこじれていくのである。

2006年12月26日火曜日

45(286) 空間の謎・時間の謎: 2006.12.26

内井惣七著「空間の謎・時間の謎」
(ISBN4-12-101829-X C1210)
を読んだ。
難解であるが面白い。
ライプニッツとニュートン(代弁者)の論争から
科学の本質を見出し、
それを追うことからはじまる。
科学史ではなく科学哲学である。
しかし、科学史の哲学的解釈であるような気がする。
つまりよくある哲学だが、
本当の哲学ではないような気がする。
それは、ニュートン、ライプニッツ、アインシュタイン
などの物理学の大物が提示した理論に
基づいているのからなのだろうか。
著者が生み出したのは
素材を加工して生み出した料理、
つまり解釈のような気がする。
だが、非常に重要なアプローチのような気がする。
誰も手にしていない素材を用いて
人の考えではなく、自分自身の考え方で
このようなや展開をすれば、
より哲学的なものになるような気がする。
私のとるべき道はこれなのかもしれない。

44(285) 天の瞳 少年編II: 2006.12.26

灰谷健次郎著「天の瞳 少年編II」
(ISBN4-04-873159-9 C0093)
を読んだ。
主人公林太郎が中学校1年生のときの話である。
どこにでもいそうな教師、校長などの
生徒を規則で締め付ける教師と
それに抵抗する主人公とその仲間の話題である。
主人公のような正論による抵抗者は、
現時の学校では少数派ではないか。
ほかの抵抗者は不良と呼ばれるものたちである。
主人公たちは、不良とも戦わなければならない。
本当に自然に生きるとは、
自分の正しいと思うとおりに生きるとは
これほど大変なのかと思う状況での話である。

2006年12月14日木曜日

43(284) 天の瞳 少年編I: 2006.12.14

灰谷健次郎著「天の瞳 少年編I」
(ISBN4-04-873100-9 C0093)
を読んだ。
最近寝る前にはこのシリーズを読んでいる。
この巻は、主人公が小学校5年生の時の話で
構成されている。
少々ませているようだが、
子供と教師、子供と親、子供の間の関係、
いずれも考えさせされるエピソードばかり
取り上げられている。
なかなか参考になる。

2006年12月6日水曜日

42(283),41(282) 天の瞳 幼年編: 2006.12.06

灰谷健次郎著「天の瞳 幼年編1、2」
(ISBN4048730967)
(ISBN4048730975)
を読んだ。
先日、灰谷健次郎の訃報をニュースで知った。
小学校教員養成の学科に配属され、
教員と子供のあり方について考えるようになってきた。
そんなとき以前読んだ
灰谷健次郎の一連の著作が気になり、
図書館で借り出して読み始めた。
面白いのは確かだが、
描かれる子供と大人、子供と親、子供と教師
の関係で、どれがいいのか、どこが悪いか、
考えさせられることが多い。
そして授業の一こまが描かれているが
定常的な授業でそのようなやり方をしていたのでは、
授業予定がこなせないないのではないか、
というような現実的な問題を想起してしまう。
しかし、それも考慮して子供との
より関係を考えていく必要があるのだろう。